あちこちで「第九」が響かない、かつてない年末がやってくる。
演奏者や聴衆の数、練習に要する時間。「密」が生む幸福に象徴であり続けた「第九」は、コロナ禍でどうなるのか。
欠かせぬ収入源
合唱メンバーの32人、全員の鼻から胸元までが真っ白な布で覆われていた。
11月5日、名古屋市で「第九」ことベートーヴェンの交響曲第9番が上演されたときのこと。
「秘密結社みたいでごめんなさいね」。
指揮者の山田和樹氏が語りかけ、客席を和ませた。
白い布の正体は「歌えるマスク」。
日本を代表するプロ合唱団、東京混声合唱団が制作した。
口と鼻の部分が大きく開いたマスクの上に長い布を二重にかけることで、飛沫を防ぐ仕組みだ。
満席がほぼ約束される「第九」公演は、日本の楽団にとって今や欠かすことのできない収入源。
特に今年は作曲者の生誕250周年。
音楽業界では春先から「『第九』はできるのか」と心配する声が出ていた。
練習場確保に壁
プロの合唱団であれば、少ない人数でも質の高い響きを聴かせることが可能だ。
新国立劇場合唱団は例年、この時期は二つの楽団と「第九」公演で共演しているが、今年は4楽団に増えた。
しかし、アマチュア団体や自治体、劇場主催の公演は多くが早々に中止を決めた。
なぜ難しいのか。
合唱団は初心者を含む一般から募ることが多く、準備期間も長い。
37回目を迎えるはずだった熊本の「県民第九の会演奏会」も中止に。
何故なら、「250人もの合唱団の練習場所が確保できなかった」。
練習場所だった公民館は、換気のために窓を開けるので音を出すこと自体を禁じられたり、緩和されても合唱や管楽器は駄目だったり。
「回数を重ねてきたし、風物詩になっていた。1年が終わらない気持ちだ」と嘆く。
開催巡り対立も
アマチュア演奏家の交流サイト「オケ専♪」の協力で朝日新聞が10月に実施した「第九」に関するアンケートには、「高齢者が多いため休団状態」「演奏に前向きなメンバーと慎重なメンバーが対立した」など深刻な声も寄せられた。
決行する団体も慎重な姿勢を崩さない。
27日に東京都内で「第九」の演奏会を開くトラウム・ズィンフォニカーは、会場の席数を定員の5割と想定。
「合唱の人数はまだ20人程度だが、感染対策に万全を期した上で何とか実施したい」という。
プロでも、入国後に2週間の自主隔離が必要な外国人指揮者やソロを歌う歌手の招聘を断念した楽団は少なくない。
11月初旬に来日したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が隔離を免除されたことなどを受け、音楽関係者の業界団体が近く、規制緩和に向けての要望書を政府に提出する予定だ。
日本オーケストラ連盟は、「『第九』にまつわる今年の各オーケストラの試行錯誤は、日本の音楽界全体の今後の
方向性を定める分水嶺となるはずだ」。
外国人の招聘や、地域に人々との交流の在り方から「第九」が頼みの綱となる厳しい運営状況まで。
コロナ禍で響く「第九」も、消えた「第九」も、各楽団の個性や地域の実情をくっきりと映し出す鏡となった。
<朝日新聞の記事より>