乱舞する桜と音楽の響宴~「東京・春・音楽祭」

始まりは2005年、上野

乱舞する桜と音楽の響宴~「東京・春・音楽祭」

江戸期以来、桜の名所である上野は特別な場所だった。

将軍家の菩提寺である寛永寺は、江戸を鎮護する寺。
明治維新後すぐに、明治政府の枢要な担い手となる政治家などが、岩倉使節団として米欧へ学びの旅に出た。
ニューヨーク、パリ、ロンドンで触れた文化ゾーンや公園のスケールに圧倒され、財政難にもかかわらず、日本にも米欧に並ぶ文化ゾーンをつくるべきだと、教育施設から博物館、コンサートホールまで、上野の他にインフラ構築を始め、現在に至るまで、その営為は続いている。

わが国の伝統的な文化・芸術を継承するとともに、西欧の芸術・文化を受容する代表的な空間となってきた。

「灯を消さないこと」音楽祭に懸けられた願い

乱舞する桜と音楽の響宴~「東京・春・音楽祭」

今年、18年目を迎える「東京・春・音楽祭」は、乱舞する桜と音楽の響宴で春を祝う音楽祭として、世界にもその名を広く知られるようになった。

「音楽祭の歴史をつくるには、まず、なによりも続けること」

世界的演奏家や音楽関係者が繰り返し語る言葉。
灯を消さないこと、音楽祭の発展はその一事にかかっている。

余震の残る東京文化会館に響いた「第九」

乱舞する桜と音楽の響宴~「東京・春・音楽祭」

東日本大震災の悲劇の折、日本中が「自粛」をすべてに優先するなか、この時こそ音楽の力を信じようと、余震の揺れが残る東京文化会館でズビン・メータ氏らがベートーヴェンの「第九」を演奏。
演奏家、聴衆が一体となって涙を流した日を忘れ得ぬだろう。

音楽は、演奏が始まり、音楽が鳴り、演奏が終わり、沈黙が戻るまで、時間と空間を共有する芸術である。
音が鳴っている時間は束の間だが、人々の記憶に長く感動を残す芸術・・・
苦しみの中にある時こそ、音楽の力が必要だと考える。

パンデミックにも揺るがない音楽への信頼

一昨々春、新型コロナウィルスによって、200超のプログラムに対し、演奏までいきついたのは10数公演。
2年を経てもその脅威は未だに収まっていない。
ウィルスへの恐怖は人の心を閉ざす。

今年の「東京・春・音楽祭」はどうするのか。

たくさんの質問、疑問があるだろう。
その答えとは・・・

「人の心を癒し、生きる喜びを与え、悲しみを浄化してくれる力が音楽には存在する。
音楽への限りない信頼が揺らぐことはない」。

改めて今、音楽への信頼を皆で確かめたいという強い意志のもと、パンデミックに対し細心の注意を払いながら、聴衆、出演者、関係者の健康を第一に、できる範囲という限定で、音楽祭の開催が決定された。

探り続ける芸術活動の可能性

前々回、出演者の渡航制限の影響で中止となったオペラ公演をはじめ、この後もあらゆる側面で変更を余儀なくされる場合が想定されるが、行政の指針や演奏家個人の判断を尊重し、芸術活動の可能性を探りながら、音楽祭の営みはこれからも続行されていくだろう。

満開の上野の桜の下、国内外から演奏家や聴衆が集まり、いつか音楽祭の本来の姿で、桜と音楽の響宴を祝える日を願わずにいられない。

乱舞する桜と音楽の響宴~「東京・春・音楽祭」

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