バッハの<インヴェンション>をご自分の生徒さんに指導する準備のために、
ピアノの先生がレッスンにみえました。
楽譜は、ウイーン原典版を使用。
バッハのクラヴィーア作品のアナリーゼ(楽曲分析)を行いました。
バッハの教育法
バッハ時代ではまだ、創造する音楽家と追創造(演奏)する音楽家が分化しておらず、優れたクラヴィーア奏者は作曲も心得ていたと考えられます。
バッハは演奏技術、楽式、作曲に関する弟子たちへの教育を一点に集中していたのです。
ルードルフ・シュテーグリヒ<インヴェンションとシンフォニア>の序文によると、
「バッハが最初は装飾音を付けず、のちに書き加えたのは、音楽の内容を説明する助けとして、音に歌わせるために、約言すれば<カンタービレな奏法を習得する>ためには装飾音がどこで不可欠であるかを、弟子たちに示そうとした」
C.P.Eバッハが30年後にそう述べています。
バッハの装飾法(トリル)
バロック時代の装飾音について、バッハ研究者たちによる3つの見解があります。
- ルートヴィヒ・ランツホフの見解
「バロックの音楽では、装飾音は形式のあそびでも付加物でもなく、重要な使命を蔵しており、表現を高める手段として芸術作品の直接要素に属するものである。」
- ヘルマン・ケラーの見解
「19世紀の音楽観の薫陶をうけてきた聴衆は、ロマン派の作品にあらわれる装飾音を、感情表現の高揚されたものと評価するのが習慣となっている。ところが、バロックの音楽家は、ロマン派とは逆に、装飾音を感情から遠ざけた次元にもち上げ、その次元で貴重な宝石類のごとく展示したのである。」
- ゲオルク・フォン・ダーデルゼンの見解
「装飾音は、音楽において経過、強調または高揚などに関わりを持つすべての要素と同じように、演奏の直接的な衝動にまつわる問題なのである。そのため装飾音の厳密なリズム上の音価、ディナーミクの度合いは、演奏者の意識の中にも記譜のうえでも正確に把握できないことがある。適正なリズムの決定は、演奏者の趣味と技量に任されているという装飾音の特性のなかに、独特の魅力が存在するのである。」
装飾音は、表現を高めるための手段なのか、感情から解き放たれた次元にまで引き入れることなのか、演奏者の直接の衝動に関わる事柄なのか。
3つの立場ははすべて正しい、と思われるのです。
息子のF.E.バッハは、演奏者に次のような解釈を示しています。
インヴェンションについて
<インヴェンション>は特定の音楽形式というわけではなく、楽想を思いついてそれを展開する作曲法教程の一例だといえます。
1723年の自筆譜では、2声インヴェンションと3声インヴェンションを別々に配置し、個々の曲を、ハ長調からロ短調に上昇していく順序に並べられ、2声部曲は「インヴェンツィオ」、3声部曲は「シンフォニーア」と題されました。
バッハはかつて学んでいた修辞学の三つの概念(richtig=正しい)、(rein,das ist sauber=明確な)、(wohl,das ist gewinnend=快適な)にてらして、2声インヴェンションに関しては最初の概念(バッハの言葉では「reine spielen zu lernen=きれいに演奏することを学ぶ」)を、3声インヴェンションに関しては二つの概念(バッハの言葉では「richtig und wohl zu verfahren=正確かつ快適に処理する」)を念頭においていたと解釈します。
バッハが自らにインヴェンションに課した課題は、たった一つの主題から曲全体を発展させるということでした。(有機的・モティーフ的展開の技法)
インヴェンションには自由な間奏がなく、形式はバッハの大多数のフーガより簡潔です。
また、各主題がそれぞれにのみ展開を要求するので、どの曲も違った形をしています。
かけ離れて進行することの多い両声部間に、和声と内声部を聞き取る音楽性が必要です。
この作品の全体的意義を、ランツホフが次のようにまとめています。
- 明るく陽気な性質の、本格的な2声フーガ
- 主旋律・対旋律・ゼグヴェンツ(同じ音形の反復進行)によって成り立ち、
三部形式(第1小節目~/第14小節目~/第27小節目~最後)で構成されている - 主旋律と対旋律を拾い出して練習する
小学生時代の練習楽譜
私の子ども時代のインヴェンションの楽譜。ウイーン原典版。
<シンフォニア第4番ニ短調>
<シンフォニア第8番ヘ長調>
<シンフォニア第12番イ長調>
「バッハのクラヴィーア作品 ヘルマン・ケラー著」
こちらを読んで勉強していました。
音楽芸術作品の基礎にある法則性を体系的に示す、バロック時代の作曲技法を学ぶことは、クラシック楽曲を練習する過程で最も重要です。
バッハは、音楽の数学的な側面を総括した音楽家。
音楽の数学的原理や符号を求め続けた人類のロマンが、中世の音楽の歴史だ、と言えるのです。